広島旅行記3
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高校生の頃にも修学旅行で訪れたけど、学生の頃だしじっくり考えながら見ることもなかったしらゆりの塔、
沖縄に移住して大人になってから見たときはまた全然違う重みと、
いろんなことを考えさせられました。
日本が戦争で受けた被害を、その体験した人々の声を知る・見るということは、
戦争を体験したことのない世代の私たちには本当にとても大事なことだと。
今回の広島旅行で原爆ドームを実際に見て、
商店街の中にひっそり建っている小さな病院と、その上空600mで原爆が爆発したという「爆心地」にも行き。
資料館を見て…沖縄戦のあれこれとはまたちがう「原爆」の重大さに、半日見て回りましたが相当消耗しました。
資料館に展示されている被爆した時に着ていた服や遺留品の数々には、
そのほとんどが個人の名前といきさつまで書かれたキャプションがしっかりついていました。
「戦時中の中学生が履いていたズボンです」
と、展示されているものを見るのと、
「鈴木太郎さんが被爆した時に履いていました。
友人に助けられてどうにか自宅に戻りましたがほとんど手当も受けられず、
翌日の夜に亡くなりました」
とか、細かく書かれているものを見るのと…。だいぶ違います。
読まずに素通りできず、すべて読みながら見ました。
所有者がわかる、誰のものか分かっている持ち物。
「この夏服は自分で縫ったものです。」
「このお弁当箱にお母さんが当日の朝、お昼ご飯を詰めてもたせました。」
一人一人は知らない人たち、何十年も前に戦争の被害にあって亡くなった人たち、
この人たちも日本人で、自分も日本人。
うまく言い表せられないけど、いろんな重みがありました。
公園内の大きな木。
ここも当時は焼け野原になって、この木も広島の街と一緒に復興してきたんだろうな。
広島の市内には「広電」という路面電車が走っていて、これがなんともよかった。
バスみたいな区間、大通りの真ん中に路面電車、周囲はビル群。
新しい車両も走っているけど、写真のようなレトロな電車もまだ使われています。
ちょっとした区間でも路面電車が珍しい私、乗りたくてたくさん利用しました。
広島市内からちょっと足を伸ばして、戦艦や戦車好きな夫に付き合って呉市海事歴史科学館にも出かけました。
ここには戦艦大和の10分の1スケールの戦艦大和が展示されていたり、日本の海軍の歩みについての展示がありました。
すごかったのです、確かに戦艦って何かしら夢中にさせる魅力のあるものなんだろなーっと…。
しかし前日に原爆ドーム見ちゃったせいもあってか、なんとなくテンション上がりきらず。
なんだろう、きっとこういうののマニアの人向けの、展示なんだろうな。
綺麗だしすごい圧倒はされる。
日本の海軍が苦労して発達していった経緯も、なるほど、ふむふむと見た。
でも個人的には、中の方に興味があった(汗
こういうのに乗り込んで戦争に向かう船員さん兵隊さんたちがどんなところで寝泊まりしてたのかとかね。
戦艦の外観や搭載されている武器の展示はもう、ものすごかった。
でも生活感がなさすぎた。人がこれにほんとに乗ってたんだ…っていう実感は薄い。
この船に乗っていて戦死した人たちの、ここでの生活がもうちょっと見えたらよかったのにな、という感想でした。
写真に写っている右側の潜水艦は本物で、歴史科学館の横に海上自衛隊資料館があり。
個人的にはこっちの展示の方がずっとよかったです。(しかも無料!)
この写っている潜水艦にも実際に入れる。
館内の展示のメインは、戦後大量に海の中に残された機雷を取り除く仕事をしてきた、
海上自衛隊の人たちの仕事ぶりが見れるのです。
ここを見なかったら、知らなかった!
戦争が終わったーってなった後にこんなにも膨大な数の危険な爆弾が海に取り残されたのか?ということ。
日本の掃海(機雷を撤去すること)技術は世界でもトップクラスで、
日本近海だけでなく中東にも派遣されて成果を出しているそうです。
機雷掃海という作業は、戦争そのものではないにしてもものすごく危険な作業で、
今もそうして果敢に海の中の機雷を取り除くお仕事をされている自衛隊の方々がいるのだということ、
いろいろと見れてよかったです。
(潜水艦がまた楽しかったというのもアリw)
ランチに食べた海軍カレー。
厳島神社を見てみたい、という目的で決めた広島旅行。
思いの外戦争についての社会科見学的な要素満載になりましたが、とても良い旅になりました。
(終)